庭コラム
季節を楽しむ、自然とつながるひとときを。
庭と器と私の時間
庭やテラスで使いたい器をシーズンごとの場面に重ねて提案するこのシリーズ。
ライフスタイルショップ『THE COVER NIPPON』のクリエイティブ ディレクター・松坂香里さんのナビゲートでお届けします。
日に日に陽射しが暖かくなり、冷たい空気の中にも春の気配が感じられる3月。気付けば庭のテラスで過ごす時間が増えてきた、という方も多いのではないのでしょうか。
早春の午後、柔らかな光とまだ少し肌寒い空気を感じながらお茶をいただく。今回は、そんなひとときにぴったりの器をご紹介します。
繊細な線に鮮やかな着色がほどこされた、植物のモチーフ。心が開かれていくような楽しい絵付けが特徴のこちらの器は、石川県の九谷焼の「うつつ窯」のもの。
「もともと絵画を学んでいた女性が九谷焼を学び、立ち上げた窯。器にも、絵の持つ世界観を表現したいという思いが反映されています。文様はいずれもインドやフランス更紗からインスピレーションを受けて考案したもので、花などの植物のほか不思議な動物が描き込まれたシリーズもあり、とても独創的です」
そう言われて眺めてみるとなるほど、いのししのような、犬のような動物が描かれた器も。どことなくユニークで、エキゾチックな雰囲気が漂います。
そしてさらによく見ると気付くのが、どの器もモチーフは同じだけれど、全体のパターンが少しずつ違うということ。全面に絵がある皿もあれば、どこか一部が空いていたり、あるいはぽつんと植物の絵が描かれているだけだったり。
「これは、各モチーフを版に起こしてそれをひとつひとつ手で押し、着色も手で行っているため。その時々で使われる版の種類や数が少しずつ変わり、彩色も微妙に異なるので、同じものがひとつとしてないので、どれにしようかなと、選ぶのも楽しいもの」
同じデザインの文様が使われていながら画一的ではなく、手作りの温かみが感じられるのは、そんな独特の作り方に理由があったのでした。
「奥行きと温かみを出すために信楽の赤土を本体に使い、釉薬の発色を鮮やかに保つため九谷の透光性磁器を化粧として重ねる土に選んだり、独自の商品作りを求めて、創意工夫を重ねている窯元です」
そのうつつ窯では今、創設者である稲積佳谷さんとともに、数人の女性スタッフが器作りを行っています。
「立ち上げた当初は稲積さんがお一人で、こつこつと手描きで器を作るという窯でした。けれどそれでは製作数が伸びず、売り上げも安定しない。考えた末に稲積さんが10年ほど前に取り入れたのが、先ほど紹介した版を使う方法でした」
版である程度デザインを決めておけば、それを押す作業は他の人に任せられるし、着色を手で行うことで味わいも残せる。版と手描きの双方を駆使し、好きな表現を追求しながら効率よく器を作るという選択によって、生産は徐々に安定していったといいます。そしてそれは生活のためでもあったけれど、
「同時に、同じように器作りを志す女性たちにプラスになれば、と考えてのことでもあったようです。いま共に働いている人たちが独自の器作りを見つけられるように、自分も一緒に成長しながら頑張りたい。そうおっしゃっていたのが印象的でした」
そんな物語も秘められた、うつつ窯の器たち。今回は、春先のテラスで温かいものを飲みたいときにぴったりのカップを中心にピックアップしてもらいました。カフェオレを注いだカップは、女性が両手ですっぽりと包めるくらいの、ほどよい大きさ。
「春とは言ってもまだ寒い時期。飲み物が冷めないうちに飲みきれる、これくらいのサイズがちょうど良いのでは。手に持ったときや唇が触れたときに感じる、土もの特有の温かみも味わって欲しいと思います」
コーヒーを楽しむときはさらに小さめのカップを、ソーサー代わりの小皿に乗せて。ちょっとしたお菓子を添えてもいいかもしれません。
また、小さいカップは、オーバル皿と組み合わせてインテリアアイテムにしても。アクセサリーなどの小物を入れておくのにもおすすめです。器の側面にやや高さのある中皿も便利。お茶請けをのせてもいいし、取り皿としても使えたりと、小回りが利きます。モチーフが更紗なので、和洋どちらのお料理に合うところも魅力です。
春の空気をその場に運んでくれるような、温かな雰囲気とストーリーに満ちたうつつ窯の器。ひとつひとつ異なる絵付けをじっくりと眺めてお気に入りを選べば、テラスでのティータイムが待ち遠しくなりそうです。
写真/田口昭充 撮影協力/箱根本箱 文/新田草子
★記事で紹介した器は、上記の店舗でも実際にご購入・ご覧いただけます。
Made in Japanセレクトショップの先駆けである『THE COVER NIPPON』をディレクション。デザイナー・バイヤーの両視点を活かし、産地のブランディングや商品開発、店舗や展示会のコーディネート・PRなど幅広い領域で活動。日本のモノづくりを未来に繋げるために、つくり手とつかい手を繋いでいる。
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